仙台高等裁判所 昭和39年(ネ)70号 判決 1965年2月11日
控訴人 柳久保勝男
被控訴人 八戸鋼業株式会社
主文
原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。
控訴人が被控訴人に対し、雇用契約上の地位を有することを確認する。
被控訴人は控訴人に対し、金五五五、九一二円および昭和三九年九月以降復職に至るまで毎月一〇日(当日が休日に当るときはその翌日)限り金一三、二三六円を支払え。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人が被控訴人に対し、雇用契約上の地位を有することを確認する。被控訴人は、控訴人に対し、金三二、二〇〇円および昭和三六年三月以降復職に至るまで毎月一〇日限り金一三、二三六円を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張
当事者双方の主張および証拠関係は、次に記載する外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(ただし、原判決事実摘示の請求原因第二項第二行目に「昭和三五年一月三〇日」とあるのは「昭和三六年一月三〇日」の、同第六項二行目から三行目にかけて「金一万三千二百三十円」とあるのは「金一万三千二百三十六円」の各誤記と認められるから、そのように訂正し、原告援用の証言中「中野武彦」と記載されてあるのは誤つて記載されたものと認められるから、これを削除した上、引用する。)。
控訴人の主張
一、控訴人に対する本件解雇は、控訴人が原判決事実摘示の請求原因第四項の四において主張する外、更に、控訴人が組合活動をしたことも理由としてなされたものであると主張する。この点においても、不当労働行為が成立する。
二、右請求原因第四項に対する原判決事実摘示の被控訴人の答弁事実中被控訴人が「出社せずして記録を同僚に依頼する如き不正ありし場合は依頼した者依頼された者共に解雇する。」との告示をタイムレコーダーの上に掲示したことは認めるが、右掲示はその後間もなく、なくなつたものである。なお、控訴人が右掲示を見ていることは争わない。
理由
一、被控訴会社が丸棒鋼等の製造を目的とする会社であり、控訴人が昭和三四年一一月一日被控訴会社に採用され、炉前工として日給金三五〇円を支給されていたものであることは当事者間に争いがない。
二、次に、原計次郎が昭和三五年六月一日被控訴会社に採用され、造塊工として勤務していたものであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、六号証、乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証の一、二、三、第八号証、第一五号証の一、二に、原審証人佐々木栄作、草坪鼎、馬場幸一、奥瀬忠蔵、七戸弘司、島本安三郎、沼田武男(一部)、三橋岩雄(一部)の各証言および原審における原告本人原計次郎、控訴本人(第一、二回)尋問の各結果を総合すると、被控訴会社の労務者原計次郎は、昭和三六年一月三〇日午後四時から午後一一時までの二番方勤務として被控訴会社八戸工場に出勤し、同日午後三時二四分同人の出勤表にタイムレコーダーで右出勤時刻を打刻し、右工場内の職場に入つたこと、ところが、当日夕刻から八戸市内の教育会館において、控訴人ら加入の八戸鋼業株式会社労働組合の臨時大会が開催されることになつており、原計次郎は、当日右大会に出席しないことにしていたが、たまたま右大会に出席予定の右組合の書記長奥瀬忠蔵から都合により出席できなくなつたので代りに出席するよう依頼され(当時原計次郎は、右組合の執行委員であつた。)、これに応じ、工場次長佐々木五郎に対し、職場大会に出席のため三時間遅刻する旨を記載した遅刻届を提出しようとしたが、工場長が見当らなかつたので、右遅刻届を被控訴会社のクレーン工である佐々木栄作に渡して提出を依頼し、職場を出て、同日午後六時ごろ右組合大会の会場に赴き、同日午後九時ごろ右大会が終了したこと、しかし、原計次郎は、当日遂に右二番方の勤務にはつかなかつたこと、ところが、当日二番方勤務として就労していた控訴人が勤務を終え、職場を退出するに当り、同日午後一一時四分同人の出勤表にタイムレコーダーで右退出時刻を打刻し(ただし、誤つて、三番方出勤時刻欄に打刻した。)、次いで、同日午後一一時五分ほしいままに当日就労しない原計次郎の出勤表に同人の退出時刻として右退出時刻を打刻したこと(ただし、右同様打刻欄を誤つた。)、およびこのことが翌三一日朝出勤した被控訴会社八戸工場の最高責任者である総務部長沼田武男の発見するところとなり、控訴人は、同日午前一〇時ごろ右工場事務室において、右沼田武男から事情を聴取された上、控訴人の右原計次郎の出勤表に対する打刻行為は、被控訴会社就業規則第二三条第八号に該当するものとして即時懲戒解雇する旨意思表示を受けたことを認めることができる。成立に争いのない乙第五号証の二、原審証人沼田武男、三橋岩雄の各証言中右認定に反する部分は、前掲証拠と対比して、たやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三、控訴人は、右懲戒解雇の意思表示は、就業規則第二二条第四号によると、従業員を解雇するには、労働基準監督署長の認定を受けなければならないのに、右認定を受けていないから、無効である旨主張するので案ずるに、本件解雇について、被控訴会社が右認定を受けていないことは被控訴人の自認するところであるから、更に、進んで、右認定が懲戒解雇の有効要件をなすものであるか、どうかについて、検討するに、成立に争いのない乙第一号証(被控訴会社の就業規則)、甲第六号証によると、就業規則第二二条は、懲戒による制裁の種類について、
(制裁の種類)
第二十二条制裁は、その情状により次の区分に従つて行う。
一、譴責は始末書を徴して将来を戒める。
二、出勤停止は十日以内の出勤を停止し、その期間中の賃金は支払わない。
三、格下げは譴責処分を加えた上、役付を免じ又は降職する。
四、懲戒解雇は労働基準監督署長の認定を受けて、予告期間を設けることなく、かつ予告手当を支給することなく即時に解雇する。
と規定し、右第二二条第四号は、就業規則第一条第二項の趣旨よりして、労働基準法第二〇条を受けて規定されたものと解されるところ、同条第三項による労働基準監督署長の認定が解雇の有効要件であるか、どうかについては別に争いのあるところであるのみならず、右就業規則には右労働基準監督署長の認定をもつて解雇の有効要件とする旨の規定がなく、右就業規則第二二条自体を見ても、同条は、懲戒の種類として、その区分、態様ないし手続を定めたものであることを認めることができるから、右労働監基準督署長の認定は、解雇の要件をなすものでなく、同条第四号は、懲戒解雇が労働基準法第二〇条第一項ただし書に該当する場合に、使用者が労働基準監督署長の認定を受けることの公法上の義務を明らかにしたのにすぎないものと解すべきである。したがつて、真実同条第一項ただし書に該当する事由がある場合にはその解雇は有効であるというべく、本件解雇について、労働基準監督署長の認定を受けていないとの一事をもつて、直ちにこれを無効と断定することはできない。
四、そこで、前記控訴人のタイムレコーダーによる原計次郎の出勤表に対する打刻行為が就業規則第二三条第八号の懲戒事由に該当するか、どうかの点について、案ずるに、前掲乙第一号証、甲第六号証によると、就業規則第二三条は、懲戒の事由として、
(制裁の事由)
第二十三条従業員が次の各号の一に該当するときは、その情状に応じ前条の規定による制裁を行う。
一、本規則にしばしば違反するとき。
二、品行不良で会社の秩序及び風紀をみだすもの。
三、出勤常ならず業務に熱心でないとき。
四、正当な理由なく、しばしば無断欠勤するとき。
五、許可なく会社の物品を持ち出し又は持ち出そうとしたとき。
六、会社の名誉、信用をきずつけたとき。
七、会社の秘密をもらし又はもらそうとしたとき。
八、前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき。
と規定していることを認めることができる。そして、控訴人の右打刻行為は使用者の企業秩序を破壊する不正行為であることはいうまでもないところ、成立に争いのない乙第八号証、第一五号証の一、二に原審証人島本安三郎、沼田武男の各証言を総合すると、被控訴会社においては、以前タイムレコーダーの設備がなく、従業員の出勤、退出については現場の長が逐一出勤表に記入して、これを明らかにしていたが、ともすれば不正確となり、これがため従業員から苦情が出ていたので、被控訴会社は、正確を期し、これが苦情を一掃するため昭和三五年四月一日からタイムレコーダーを設置し、同年五月三一日まで従業員をして右タイムレコーダーの使用に習熟させるため本格的実施の準備期間を置き、従業員の習熟をまつて同年六月一日から右タイムレコーダーによる出勤、退出時刻の打刻の本格的実施に入つたこと、ところが、その後間もなく、他人の出勤表に不正打刻する者があり、これを知つた被控訴会社は、右出勤表打刻の時刻が給料の算定の基準にもなるので、これを重視し、右のような不法行為を絶滅するため同年六月一九日総務部長名をもつて同日から四、五日間右タイムレコーダーの上に「出社せずして記録を同僚に依頼する如き不正ありし場合は依頼した者依頼された者共に解雇する。」との告示を掲示して、従業員一般に対し警告を発したこと(右掲示の事実は、当事者間に争いがなく、控訴人もこれを見ていたことは控訴人の自認するところである。)、しかるに、控訴人は、右警告を無視して、あえて本件不正打刻に及んだものであることを認めることができる。したがつて、会社においては、タイムレコーダーによる打刻の実施以来、右認定のような事情で不正打刻のないように従業員に対し、厳重な警告を発していたものであつて、右警告の趣旨は控訴人のみならず、その他の従業員にも周知徹底されていたのにかかわらず、控訴人は、あえて、本件不正打刻に及んだのであるから、これにより、なんらかの制裁のあることも予想されるところであり、控訴人の本件不正打刻は、就業規則第二三条第八号の前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたときに該当するものと認めるのを相当とする。
五、次に、控訴人に対する本件解雇が控訴人主張のような不当労働行為に該当するか、どうかの点について、案ずるに、成立に争いのない甲第三、四、五、七、八、一〇、一三号証、乙第六号証に、原審証人名久井功、大橋宗一、佐々木栄作、奥瀬忠蔵、中居忠史、三橋岩雄の各証言、原審における原告本人原計次郎、控訴本人(第一回)尋問の各結果を総合すると、昭和三五年一〇月一四日被控訴会社の労働者奥瀬忠蔵、大橋宗一、原計次郎、控訴人らが発起人となつて、低賃金打破、労働時間短縮、労働強化反対、労働災害対策等の要求を貫徹するため被控訴会社に八戸鋼業労働組合が結成されたこと、ところが、同月一七日右組合に反対する被控訴会社の各職場部門の責任者級を主体とする他の労働者の発起により八戸鋼業株式会社従業員組合が結成されたので、両組合協議の結果、同月一九日右両組合は合併し、八戸鋼業株式会社労働組合が結成され、右八戸鋼業労働組合側からは委員長として大橋宗一、書記長として奥瀬忠蔵、執行委員として原計次郎、控訴人その他の者が選任され、八戸鋼業株式会社従業員組合側からは副委員長として三橋岩雄その他の執行委員が選任され、それぞれ就任したこと、次いで右八戸鋼業株式会社労働組合は、同年一一月初旬被控訴会社に対し、平均賃金二カ月分の年末手当を要求し、数回にわたつて団体交渉が開かれ、同年一二月一〇日右交渉が妥結したこと、その間右組合に反対する労働者によつて同年一二月九日再度八戸鋼業株式会社従業員組合が結成されたこと、その後、右八戸鋼業株式会社労働組合の役員に欠員が生じたので、右組合においては、役員の信を問うため役員を改選することにし、昭和三六年一月二七日、三〇日に臨時組合大会を開き、役員を改選した結果、先に結成された八戸鋼業株式会社従業員組合側から選任された役員は、執行委員一名を残して右三橋岩雄外すべて落選し、控訴人および原計次郎は執行委員に選任され、就職したこと、ところで、被控訴会社は、労働組合の結成を嫌い、先に八戸鋼業労働組合が結成されるに当り、被控訴会社は、一部労働者に対し、右組合への不加入を勧奨し、あるいは、右八戸鋼業株式会社従業員組合が結成された後は、八戸鋼業株式会社労働組合から同組合に二、三〇名の脱退加入者があつたが、同組合を支持し、同組合の方がよい旨を吹聴したりしたことおよび控訴人、及び原計次郎は、八戸鋼業株式会社労働組合の執行委員として組合のために尽力し、前記被控訴会社との団体交渉委員にもなり、熱心に組合活動をして来たこと、なお、八戸鋼業株式会社労働組合は、昭和三六年四月ごろ鉛鋼労連に加盟し、鉛鋼労連八戸鋼業労働組合となつたことを認めることができる。しかし、控訴人の主張するような被控訴会社が昭和三五年一〇月一九日八戸鋼業労働組合の役員全部を二番方に集中して組合の活動を不能ならしめたことおよび被控訴会社が第一次、第二次の各八戸鋼業株式会社従業員組合を結成せしめたことについてはこれを認めるに足りる十分な証拠はない。
したがつて、被控訴会社は、控訴人ら所属の労働組合の結成を嫌い、これを弱体化ならしめようとする意図を有し、その機会をうかがい、一部そのような行為のあつたものというべきである。しかし、これに関して右認定のような事実が存在するとしても、先に認定した被控訴会社が控訴人に対し、本件解雇の意思表示をするに至つた原因経過に関する事実と比較対照すれば、本件解雇の決定的原因は、控訴人主張のような組合に対する支配介入または控訴人が組合活動をしたことにあるとは認め難く、かえつて控訴人の本件タイムレコーダーによる出勤表に対する不正打刻にあつたものと認めるのを相当とする。
したがつて、控訴人に対する本件解雇は、控訴人主張のような不当労働行為に該当するということはできない。
六、次に、控訴人の懲戒権乱用の主張について、案ずるに、前掲就業規則第二二条によると、前記のとおり被控訴会社における懲戒は、情状により一、譴責、二、出勤停止、三、格下げ、四、懲戒解雇の四つの区分に従つて行うことに定められているのであるが、このように区分段階のある規定に従い、使用者が労働者に対し、懲戒を行うには、労働者の当該行為の性質、態様、不法の程度に応じて公平を失しないよう客観的妥当な懲戒をもつて臨むべきものと解すべきである。もつとも、前認定の告示は、タイムレコーダーによる不正打刻をした者を解雇する旨警告しているが、その目的は、右不正打刻の予防、絶滅にあることが明らかであり、就業規則第二二条の趣旨より見ても、不正打刻があれば、使用者の裁量を入れる余地なく、必ず解雇の方法をとらなければならないものとは解せられない。今この見地に立つて、更に検討を進めるに、控訴人には従来、就業規則第二三条第一号ないし第七号に定める懲戒事由に類するような行為があつたものと認めるに足りる証拠はなく、控訴人は、普通に勤務していたものであるところ、原審における控訴本人尋問の結果(第一、二回)によると、控訴人の本件不正打刻は、ふとしたはずみで、偶発的になされたものと認めることができるから、これをもつて、にわかに最も重い懲戒解雇に値いするものということはできない。
したがつて、被控訴会社の控訴人に対する懲戒解雇は、懲戒権の乱用によるものというべく、無効のものであるといわなければならない。
七、次に、控訴人の賃金請求について、案ずるに、乙第五号証の二、原審証人七戸弘司の証言を総合すると、控訴人は、本件解雇により昭和三六年二月三日以降就労していないことを認めることができるところ、本件解雇は、前認定の如く無効のものであり、控訴人の右不就労は、被控訴会社の責に帰すべき事由に基くものであるから、控訴人は、同月以降の賃金請求権を有するものといわなければならない。
そこで、控訴人の一時金の請求について案ずるに、成立に争いのない甲第一二号証、乙第一〇ないし一三号証によると、昭和三六年度は夏期および年度末の各一時金、昭和三七年以降昭和四〇年五月までは毎年二回にわたり各一時金を支給すべき義務のあることを認めることができるが、更に同証拠によると、右一時金総額の配分方法については、別に会社の配分案によるべきことを認めることができるところ、従業員の数についてはもちろん右配分案についてはこれを認めるに足りる証拠がないから、結局控訴人に対する右一時金の配分類を確定するに由なく、控訴人の本件一時金の請求は失当として棄却すべきものである。
次に、控訴人の毎月の賃金請求について案ずるに、成立に争いのない乙第五号証の二および弁論の全趣旨によると、本件解雇当時の控訴人三〇日分の平均賃金は金一三、二三六円であることを認めることができるから、控訴人は、本件解雇当時少くとも一カ月平均金一三、二三六円の賃金を得ていたものというべきである。そして、原審証人島本安三郎の証言によると、被控訴会社における毎月の賃金支払日は翌月一〇日(ただし、同日が休日に当たるときは翌日)であることを認めることができるから、被控訴会社は、控訴人に対し昭和三六年二月分以降の賃金として昭和三六年三月以降復職に至るまで毎月一〇日(当日が休日に当るときは、その翌日)限り賃金として金一三、二三六円を支払うべき義務がある。そして、当審における口頭弁論の終結日は、昭和三九年九月一日であるから、被控訴会社は、控訴人に対し、既に弁済期の到来した昭和三六年二月分以降昭和三九年七月分までの賃金として毎月金一三、二三六円の割合による合計金五五五、九一二円および昭和三九年八月分以降の賃金として同年九月以降復職に至るまで毎月一〇日(当日が休日に当るときは翌日)限り金一三、二三六円を支払うべき義務がある。
八、叙上により、控訴人の本訴請求は、右の限度で正当であるから、これを認容するが、その余の部分は失当であるから、これを棄却する。
九、よつて、控訴人の本件控訴は、一部理由があり、右と異なる原判決中控訴人に関する部分は、右の限度においてこれを変更すべきものとし、民事訴訟法第三八六条、第三八四条、第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松村美佐男 羽染徳次 野村喜芳)